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10月1日 Day2

~Baharija-Sitra~

 2日目の朝

 朝8時31分のスタートに備え、その前に燃料を入れに行かなければならないこともあり、5時過ぎに起床しました。この日、私は20番スタートです。

 まずは燃料を入れるために、ビバークの砂地から舗装路へと出ました。私はプラドの感触を確かめるように、丁寧にアクセルを踏みました。

 すると、何の障害物もないハズの舗装路ですが、何故か私の運転するプラドは右へ左へユラユラ…。その度にハンドル修正をしましたが、私は常に右へ左へハンドルを切り、それでもプラドは右へ左へと揺れ続けました。

 明らかに、プラドの状態がおかしいです。私は、本日のスタート地点に立てないことを覚悟しました。

 燃料を給油中、メカニックと今後の方針を話し合いました。

 彼も私も、プラドの状態が思った以上に重症であることを認識、ホーシングが曲がったプラドは少しでも走行距離が少ない方が負担が掛からない、との結論に達し、今後どの様にプラドと接していくかを協議しました。

 1)皆がビバークを出発した後もこのまま現場でプラドを再整備し、その後、日本チームと離れてカイロに戻り、アレキサンドリアまで車両を無事に運ぶ方法。

 2)このままアシスタンスルートを走り、日本チームに帯同する方法。

 いずれにしても、如何に競技参戦を続けるかではなく、如何にプラドを自走のまま無事に日本まで持ち帰るか、という点に重点が置かれました。

 私の中では、自ずと2日目のスタートラインに立つという選択肢はなくなっていました。

 私の初めてのファラオラリー参戦は、初日完走、2日目リタイアという結果に終わりました。

 2日目のスタート前、私達は傷心プラドと共に、ビバークから約1.8km離れたスタート地点のオフィシャルへ、その日スタートをしない旨、告げに行きました。

 そこには、意外にも淡々としている自分がいました。

 リタイアにも関わらず、決して悔しさも後悔も涙もありませんでした。ただ、日本にいるこれまでにお世話になった方々や応援してくれている方々の事を思い出し、申し訳なく思いました。

 ラリーは何のトラブルもなく走れている時は非常に楽しいですが、一瞬のミスが命取りになってしまいます。

 国内では、失敗やミスは場合により許されたり、また、やり直しがきく事もありますが、物やお金が限られた中でラリー参戦をしているプライベーターは、レース中のミスは許されません。

 1年間、多くの人とお金と労力を掛けて準備をしてきても、それらが一瞬のミスで終わってしまうのがラリーであり、また、プライベーターの宿命であると思います。

 だからこそ、絶対に車を壊さないように、また、1度たりともミスをしないで走りきらなければなりません。

 ラリーが一瞬のミスで終わってしまう事を、実体験した次第です。

 CP

 私は短時間での猛省を終え、オフィシャルにリタイアを告げた瞬間に、翌年の再挑戦を決意しました。

 自分の失敗を、失敗として終わらす訳にはいきません。必ず失敗を元に、次のステップへ進んでいかなければなりません。

 当時、2日目の競技開始時ではありましたが、この時から既に私の中では翌年の参戦に向けた準備が始まりました。

 ビバークでお留守番のプラド

 初日のビバーク地点へは、6日目に再び戻ってきますので、私達は重症を負ったプラドをビバークに残し、サポートスタッフ用のバスで移動する事にしました。

 このバスは、トラックの荷台に客室用の椅子を付けたコンテナの様な箱が置かれている構造になっています。元はトラックですので、路面の変化を受けて、その衝撃は数倍にもなって私達に伝わってきました。

 アシスタンスルートといえどもこの日の路面は岩や砂・段差で荒れており、その度に私達は体を右へ左へ揺られ、また、時に天井に頭をぶつけそうになる事もしばしばでした。アシスタンスもラクではありませんね。このバスに揺られているだけで、かなり体力を消費しました。

 砂漠にたたずむドライバー

 このような道に約3時間半揺られ、私達は2日目のビバーク地Sitraへ到着しました。時刻は午後1時。既にバイクも四輪のトップドライバーも競技を終え、ビバークに到着していました。

 ビバークへ到着するも、あまりの暑さと日差しの強さで、何の活動をする気にもなれません。よって、テント設営後は日が沈むまで、オフィシャルのテントで休む事にしました。

 私がテントへ入るや否や、主催者のジャッキー・イクス氏が「Are you OK?」と声を掛けてくれました。私が早期リタイアした事を、気遣ってくれた様です。

 昨年は夕刻まで競技ルートを走っており、ビバークへは暗くなってから戻ってきましたので、私は昼間のビバークの様子を知りませんでした。しかし、今日からはアシスタンスルートでの移動ですので、初めて昼間のビバークを見る事が出来ました。

 ISUZU チーム

 昼間の暖かい時間に、温かいシャワーをゆっくりと浴びる事が出来るのは、ちょっとした幸せでもありました。

 ビバークでは、既にワークスチームは車両整備に入っていましたが、前述の様に、あまりの暑さと日差しの強さで、オフィシャルのテントから出る気にもなれませんでした。よって、日が沈み始める午後4時半以降に、その日の活動が再開されました。

 私はカメラとメモ帳を片手に各チームのピットを回り、競技車両の造りや装備品等につき、見学をさせてもらいました。

 この日からは、早速に翌年の参戦に向けたお勉強が始まりました。
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テーマ : モータースポーツ - ジャンル : 車・バイク

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