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10月6日 Day7

 ~Baharija-Cairo~

 初日の競技以来、6日ぶりにプラドに乗ってカイロのホテルまで戻ります。プラドの足はホーシングが曲がり、亜脱臼状態です。その様な重症の中で、プラドは約300kmの走行を強いられました。

 あまりスピードを出してしまいますと、車両は再び右へ左へ振られますし、亜脱臼状態の足にも更に負担を掛ける事になりますので、私は常に60km/hでの走行を行いました。

 ビバークを出発して1時間も経たない頃、60km/hでの走行にも関わらず、突然車体後方から「バキッ!」という音と共に車体が大きく振られました。

 私はすぐに車を路肩に停め、メカニックのチェックが入りました。しかし、大きな異常は見当たらず、とりあえずそのまま60km/h走行を続ける事にしました。私もメカも、「遂にダメか」と心臓バクバク、覚悟をした瞬間でした。

 カイロへの帰路 2

 その後も時にプラドは右へ左へユラユラ…その度に私もハンドルを右へ左への酔っ払い運転状態が続きました。

 しかし、300kmの舗装路を60kn/hペースで走る作業は、実に単調です。アクセルは踏み増す事も緩める事もなく、常に一定の加減で踏み続けています。次第に、私の足は痺れてきてしまいました。また、何の変化もない一本道ですので、いくら6日ぶりのプラドの運転とはいえ、次第に飽きて眠くなってしまいました。

 私が冗談交じりに「何か音楽が欲しいですね~」と言うと、ナビが意外な行動に出てくれました。

 彼は音楽携帯を持っており、それをセットの上、車内中央に置いてくれました。何と、オーディオの外されたプラドで、車内ミュージックを楽しむ事が出来ました。

 まさかエジプトの大地で、ラリーをリタイアした身分とはいえ、ラリーカーの中で音楽を聴きながら運転ができるとは…。日差しは強いですが窓から入ってくる風は非常に涼しく、周囲の大自然も美しいですので、正にプラドの中はピクニック気分になっていました。思わず自分が重症のプラドを運転しているという事を忘れてしまう程でした。

 そんな楽しい気分の中、私は相変わらず60km/hペースを保ち、単調な走りを続けました。

 ところが、ビバークを出発して100kmも走らない頃でしょうか、助手席のナビに異変が起こりました。

 彼はラリコンを少しの間操作したかと思うとその隣に設置されているGPSの電源を入れてスイッチをピコピコ、それが終わるとシートの端に挟んであったファイルを手に取り、中からアシスタンスルートブックを取り出したかと思うと暫くの間その地図を眺めていました。それが終わると助手席側のドアを開け後方を振り返り、亜脱臼状態のプラドのタイヤを見ていました。

 暫く動作が落ち着いたかと思うと、今度はシートから半座位になり、真後ろを向きました。まるで子供が電車の外を見るかの様に…。彼はフラフラ状態のプラドの車内にも関わらず、シートの上で膝立ちになり、暫くの間プラドの荷室を見ていました。これが続くのもほんの2~3分で、その後は再び前を向き、今度は頭上のロールバーを使って懸垂を始めました。

 彼は暫くの間は助手席で大人しくなりますが、数分も経たないうちに、再びこの一連の動作が始まります。決してその順序が狂う事もなく。

 私は暫くの間、彼のこういった一連の動作を黙って見ていましたが、何回目かの後に、遂に突っ込みを入れてみました。

 「何か落ち着きないですね~・笑。」

 それはそうですよね、60km/hで淡々と走っていて、彼は何もする事がないのですから。私は彼のその落ち着きのなさ(暇潰しの行動)に、思わず笑わずにはいられませんでした。

 CP でタフブック 2

 やはり私も彼も、ラリー参戦を楽しみに来ましたので、単調な舗装路を走っているだけでは飽きてしまいます。彼の落ち着きがなくなる心境も、よく分かります。

 一方、私が安定走行をしていますと、突然彼に声を掛けられました。

 「何か(走行ラインの)真ん中走っているけど、大丈夫~?」

 ふと我に返ると、ハンドルを軽く支えようとしているナビの手が見えました。

 どうやら私は一瞬、目を開けながら眠りの世界に入ってしまった様です。

 「スイマセン~。寝てました…。」

 シートの位置関係が助手席よりも運転席の方が前にありますので、私の行動は全てナビにはお見通しとなっていました。よって、私が一瞬目を開けながら寝ている姿を見られてしまった様です。

 彼に笑われたのは、言うまでもありません。

 私達はその後も車内ミュージックを聴きながら、お互いの暇潰しの為に好き勝手な事を喋り続けました。それは、まるでボケと突っ込みの様な関係でした。お互いに負けじと舌戦が繰り広げられ、その度にプラドの車内では大笑いが発生していました。

 その姿は、まるでプラドがホーシングの曲がりによってユラユラしているのか、それとも私達の笑いによって揺れているのか、分からない程でした。

 カイロへの帰路 1

 ビバークを出発して約6時間後、ようやく私達はカイロ市街へ入りました。この道は昨年も通った道であり、SSゴール後のリエゾンともなる道路です。

 私は、“一体この道を笑顔で走るのは、何年後になるのだろう…。”

 ふとそう思いました。まだまだファラオラリー完走への道のりは、遠そうです。

 午後2時半過ぎに、ようやく私達は傷心プラドと共にカイロのホテルへ戻ってきました。約300kmの帰路、何度となく車両を振られ、また、いつプラドの足が折れて自走不能の状態になるか分からない中でのドライブでしたが、何とか自走でホテルまで辿り着きました。

 オフロードや日本での300kmはあっという間ですが、この日の300kmは非常に長く、楽しいながらも少々辛いものがありました。

 ホテルへ帰着後は、すぐに翌日の車両搬入に備えて荷物の片付けを行いました。

 昨年は6日間砂漠を走りましたので、車内も車内装備品も、全てが砂だらけとなっていました。しかし、今年は1日しか砂の中に入っていませんので、車内はそれ程砂だらけではなく、荷物の片付けもラクでした。

 ところが、荷物の片付けがラクだったのとは対照的に、来年の参戦に向けた私の課題は山積みとなっていました。

 また、メカニックは翌日のアレキサンドリアへの車両搬入に備えて、半日ハの字になりながら走った為に不均一に磨り減ったタイヤの交換を行ってくれました。

 コックピットより

 この日の夜は早速に、私達の帰着を待っていて下さったチームコーディネーターを交えて、今年のレースの報告と反省と共に、来年の参戦に向けた話し合いが行われました。
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テーマ : モータースポーツ - ジャンル : 車・バイク

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